いじめという名の犯罪
- 2021年1月16日
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僕は、この世の中の正解は何ひとつ分からないけど、少なくともいじめという名の
卑劣で陰湿な犯罪の加害者側がその後、何の心配もなくのうのうと生きられる世の中が間違っていることはハッキリと分かる。
僕は昔、結構いじめられていた。
「お前は笑った顔が気持ち悪いから笑うな」。
「友達おらんのに学校おって楽しい」?
「明日までに俺に金もってこいよ」。
いじめられたことじゃなく、あの時の言い返せない自分が悔しかった。
僕が高校1年の頃、小学校6年以来の、僕に対するいじめがはじまった。
学校に行かなくなったらこっちの負けだと自分に言い聞かせる毎日だった。
3人に嫌がらせを受ける日々がずっと続いた。
でも、人生は何が起こるかいつも誰にも分からない。
ある日、主犯格にお金を持って来なかったからと体育館でぶん殴られた、約2週間後だった。
ある朝、担任の先生がなぜか涙目で教室に来ていた。
そして、先生が言ったのは、僕をいじめていた主犯格が昨日交通事故で亡くなったということ。
その時の記憶はもうあまり無い。ただただ、放心状態だった。
僕を殴ってきた存在が、もうこの世にはいない。でも、僕の殴られた痛みは消えることは
無い。
いま僕は、この出来事を振り返って思うことがある。
たとえいじめの加害者が亡くなったとしても、被害者の痛みはずっと消えない。
いじめによって、被害者の人生の時計の針は止まる。時間が解決するなんてのは
ただの戯言だ。痛みを知らない人間のセリフだ。
あれから、僕へのいじめはさっぱり無くなった。と言いたいが、2年に進級したとき、
僕は学校に行きたくなくなり、その後退学した。
学校が嫌だったわけじゃない。またいじめられたわけじゃない。
もうあまり覚えていないが、とにかく行きたくなかった。それだけだった。
それから僕は約3年、家に引きこもった。
今思うと、やっぱり無駄な時間だったかもしれない。でも、自分の弱さに、
自分の痛みに向き合える時間でもあった。
自分の抱える発達障害のせいにしていた部分もあった。
他人のせい。障害のせい。まあ、逃げたから引きこもったというのも、もちろんある。
明日が見えなかった。目を閉じてみても、そこにあるのはひたすらに真っ暗なまぶたの裏側。
でも、自殺だけはしないと決めていた。自殺とは結局、誰かに殺されるのと同じだからだ。
明日とは、向こうから来るものじゃない。自分から明日に挑んでいくことだ。
明日に挑め。自分に挑め。人生に挑め。自分が自分を超えていく。
失敗していくら泣いてもいい。その涙が自分の花を咲かせる。
僕の人生、打ちのめされて終わりじゃない。
もう一度立ちあがれ。拳を突き上げろ。真っすぐを見ろ。振り返るな。
自分を信じてくれる人を信じろ。
自分の人生の勝ち負けはやっぱりあると思う。
これからもいっぱい挫折や失敗もある。でもそれが嫌で逃げた自分を知ってる。
人生が楽しくない?ほざきやがれ。お前がハナから人生を楽しむつもりが無いからだろ。
何で楽しくないかを考えろ。どうやったら楽しいかを考えろ。
いつまでも待つな。自分から行動しろ。お前はまだ勝負すらしてない。
お前をいじめた奴らはクソほど人生満喫してるぞ。
そんな奴らに負けていられるか?
負けたくないなら足掻けよ。もがけよ。不貞腐れんなよ。
でも大事なのは奴らに復讐することじゃない。決して暴力じゃない。
誰よりも幸せになれ。でも幸せのかたちはひとつじゃない。
いつの間にか年を食って何もできなくなるのはまっぴらゴメンなんだ。
世の中はフェアじゃない。誰にでも親切じゃない。
レールから外れた誰かをみんなで寄ってたかって叩き、人の夢を「お前には無理」
なんて嘲笑するような世の中で生きるのは簡単じゃない。
集団でひとりを傷つけて何が楽しいんだ?なんでヘラヘラしてられるんだ?
やり返される覚悟があって人を傷つけてんだよな?
人を傷つけ、人の夢を笑い、そして加害者になった時点でそいつはもう不幸な人間なんだ。
暴力を加えられても、暴力で返しちゃいけない。そいつらと同じになるから。
いじめる側の気持ちは今まで考えたことは無いけど、最近はこう思っている。
自分もいじめられたくないからだと。
たしかに僕も、いじめられる側の視点でしかモノを言えなかった。
いじめ憎さに、加害者の気持ちを考えなかった。
いじめの加害者は、いじめという行動でしか自分を表現できないのかもしれない。
でも被害者がいる以上、許されることじゃない。
行動の前には、必ず何かきっかけがある。
そのきっかけが何であろうと、いじめという行動につながったのなら、その時点で
もう負けてしまっているんだ。もう戻れないんだ。
これが、僕の考えたことすべてだ。
いじめの被害者の、あなたへ。
決して、あなたは強くなくていい。耐えることなんかしなくていい。
あなたの人生はまだ始まったばかりだ。あなたはひとりじゃない。
あなたと会うことはできないかもしれないけど、あなたとは同じ空を見上げています。
どうか誰よりも幸せになって、誰よりも優しい人に出会ってください。
いじめの加害者の、あなたへ。
人を殴ったその握りこぶしをほどいて、人と手をつないでください。
人の痛みを知ってください。殴られたら、とても痛いんです。
誰かを傷つけたことを覚えておいてください。
あなたの踏みつけた花が、その後時間をかけて力強く、美しく咲くことを、どうか忘れないでほしい。
僕は自分の弱さ、自分の痛みと向き合うことが何よりも大事だと思っている。
自分を知ることが、人生を知ることだと信じて、僕は今日も生きていく。
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